萩藩士の清水さん

清水宗治、秀吉の水攻めで降伏、切腹した高潔な武将 清水宗治の子孫、毛利家に仕え 幕末 明治に功ありて男爵を賜う。

備中国賀陽郡の清水村より起こる。先祖は平姓と云う。家紋、巴。戦国時代末 宗治の時、幸山城から備中 高松城に移り 毛利に属す。

天正10年、羽柴秀吉の水攻めにあい、毛利氏が備中の高梁川以東の地の割譲と城主 宗治の切腹で和議。

この時、毛利輝元、本能寺の急変を知らず。秀吉、急ぎ、講和し 「大返し」を行う。

後、宗治の兄の子 行宗は、文禄の朝鮮の役では 軍功をあげたと云う。

宗治の跡は 次男の景治が継ぎ、萩藩の毛利氏に仕え、幕末、家老の親春、第二騎兵隊総督として軍功あり。

系図は以下の如し

宗則┬宗知―行宗
  └宗治┬宗之
     └景治―元貞―就信―就治―宗貞―元周┬就貞
                       └就周―親集―元周―親春―親知―資治(明治 男爵を賜う)


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