仙台真田家の始祖の家系の書付

 

 

仙台真田家の2代目辰信が延宝6年に記した書付に ハッキリと 祖父の名前を眞田内記(政信)と記されていて 幸村(信繁)と なっていません。

これは 伊達世臣家譜とも合致しています。この頃は 幕府も代変わりしていて 幸村の名を消す必要のない時代でした。
幸村人気で 娘たちは 次々と大名に嫁ぎ、幸村寺(月心院 1648(慶安元年)も建立された後なので、その書置きには
 偽りはなく 史実です、即ち、ありのままが記されていると言う事です。守信関係の年譜を見る

尚、伊達世臣家譜の編纂は 1730年前後に始まった。仙台藩の儒学者・歴史家である田辺希文,希元,希績の三代があたり、寛政4年(1792)の頃に成立したものです。
よって この頃は 真田幸村の子孫と言う事を はばかる必要も とっくに消えており、事実が記されております。即ち、守信の父は 幸村ではなく、政信です。
「幕府に はばかって 祖父を信繁(幸村)から内記に変えた」と云うのは 昭和の子孫のウソです。 

昭和23年生まれの当主は デタラメな本も複数出していて 困ったものです。

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真田守信関係の年譜

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