真田守信 関係の年譜(伊達世臣家譜等による)


1547年 天文16年 真田昌幸 生まれる
1547~50年頃   真田信昌(信尹・後の隠岐守)生まれる
1567年 永禄10年 信昌、武田信玄の命により 加津野昌世の養子になる
1577年頃   加津野政信生まれる、(加津野家の子供の為、寬政重修諸家譜には出てこない)
1582年 天正10年 信昌、徳川家康に仕える
1591年 天正19年 加津野信昌(昌春)、徳川から変えて蒲生氏に仕える
1598年 慶長3年 信昌、徳川に帰参し、真田に復す
1600年   関ヶ原の戦い
1609年 慶長14年 真田昌幸、高野山の九度山にて 没す
1615年 元和元年 大坂夏の陣、幸村の娘 阿梅、片倉小十郎重綱に略奪される
同年頃   守信、生まれる
     
1628年 寬永5年 阿梅、白石城主の片倉重綱(後の重長)の後妻になる
1632年 寬永9年 真田隠岐守信昌(信尹)没す、86才、墓は甲斐の寺。
同年頃   加津野(真田)政信没す
1633年     〃 10年 真田守信、東北白石の片倉家に身を託す
1636年 寬永13年 守信、伊達藩主 忠宗に召される
     
1655年 明暦中 守信、江戸留守居役
     
1665年頃 寛文 5年頃 守信、改姓して 片倉氏を称す
1667年 寛文 7年頃 守信、武頭となる
1670年  〃 10年 守信、没す、墓は 白石の当信寺にあり、片倉四郎兵衛守信と彫られた
1673年 延宝元年 守信の子 辰信、江戸屋敷にて、信州真田藩主の幸道に羽織の家紋 六連銭の由来を尋ねられる
1677年   〃  5年 辰信、江戸番組
1711年 正徳 元年 辰信、改姓して 真田に復す
     

 

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