幸村の鎧、鑓など残っているはずがない

真田幸村の秘宝が年々増えている(ニセ物)

 

真田幸村の子孫と称して 町まで 信用させてしまっている。町は 町おこしに都合良いので 不正を暴かない。

町を足がかりにして 大阪の大丸では イベントを催し、ニセの南蛮鎧を有料展示した。

得意げに馬にまたがっている人を あなたは どう思いますか。

出版社にいたっては 本を買う人が激減しているので 売り上げを上げる為に幸村ブームに乗って「幸村の真実」と言う本等を出す有様。

しかし、今年になり 仙台の幸村の子孫と称する方が諸書に記述した「幸村の子供達が片倉氏に5人保護されて仙台へ」と云う説に対して
宮城県、及び仙台市及び近隣の市の教育委員会の責任者は、

「*5人の保護の記録はないです。「老翁聞書」で確認できるのは阿梅だけです。
4児を預けてたというのは、以前の説と考えてください。
調査研究が進んだ現在、この説の成立は難しいと思います」と云う認識です。

結果として 今年秋、幸村の子供の墓を管理している白石市の教育委員会は、「守信=大八」としていた 案内の看板を修正しました

その看板を見れば 分るように 3つの説の内、2つは 明らかに幸村の子孫でない事と記しています。

残る一つは その子孫の説のみです。しかし、その子孫の言い伝え史実と違っていたり  間違いで、

守信は 幸村の子供としての事を何一つしていないでは、守信は 大八と 言えないではないですか。

墓石には 真田二郎とは彫ってなく、「片倉四郎兵衛」と 彫ってあるので、これは全くの別人です。

 

蔵王町では 平成21年(2009)から仙台真田氏の歴史講演会をやっているが まだ この時は 南蛮鎧の展示は無かった。

平成25年(2013)から突然 南蛮鎧が出てきました。

平成24年(2012)は 講演だけで展示物なし、http://www.dokitan.com/event/h24.html

平成25年(2013)の展示物 http://www.dokitan.com/sanada/2013/01.html    鎧が突然出てきたが、鑓は無かった。

平成26年(2014)の展示物 http://www.dokitan.com/event/20140420.pdf    幸村の鑓は無く、刀もないが 幕末の人の短刀有り。

平成27年(2015)の展示物 http://www.dokitan.com/event/20150410_a.pdf     鑓が増えた

平成28年(2016)の展示物 http://www.dokitan.com/sanada/project/28/index.html    去年のとは 鑓も違えば 刀が増えている

尚、

平成25年・2013年6/8~9/1、南蛮鎧を長野の池波に貸し出した、この年、蔵王町で4/21~6/30まで 展示。これから行くと鎧は 2つあることになる。

 

以上、幸村は 死んで 何も持ち帰っていないのに 何故あるのか。甲冑業者や古物商から買って増やしているのです。

南蛮鎧がニセ物の理由 及びニセ者の理由。

http://www.myouji.org/sanadayukimuranoshison.htm
http://www.myouji.org/sanadayukimuranonanbanyoroi.htm
http://www.myouji.org/sanadadaihachi-denai2.htm

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